2009年8月19日水曜日

精神医学にとっての「治る」「回復」とはなにか?

複雑系の精神科アセスメント、それはアウトカムの変化にかかわる様々な内外の要因を、非線形回帰方程式として取り込むことに似る。

それは、うつ病における抑うつ得点の変化や、拒食症における体重の増加、統合失調症の陽性陰性症状の低下で、その事例が「治る」「回復する」と言い切れない事実を見れば、あなたにも納得がいくはずだ。

職場を休んでいる患者さんが、うつ症状が改善しても、職場復帰になかなかふみきれない。ここに関与する要因は、病状だけではないだろう。同僚への負い目、職場の受け入れ態勢、はたまた近所からの回避、そもそも自分の仕事への思いなど。
拒食症の中学生が、身体管理のため入院した。たしかに、病識はきちんとしていないが、病棟での行動療法で体重は増える。ただし、自立の葛藤、完璧主義の弊害といった、彼女の病理の一面がリヴィ-ルされた段階に過ぎない。いつでも、拒食や強迫などの適応障害状態に陥る可能性はある。縦断的な成長と経験の変数が、彼女に柔軟さをもたらす。それは、彼女にとっての治ることで、周りのだれかにとってのアウトカムとは別のものだ。
そもそも慢性精神科病棟の、おだやかな患者さんたち、この方々が、リアルな社会とある意味切り離されつづけてきたことは、人間社会、政治、時代という複雑系に目を向けざるを得ない事実だ。

いわばこの方程式(アセスメント定式)に含まれうる変数は、個人内の人格、対処行動のみならず、関係性の指標たるシステムの機能性や、社会経済状況も含まれる。ライフサイクルという縦断的素因も、発達の指標との偏相関を含めてアウトカムに寄与するだろう。
そして、治療者、支援者たるあなたも、すでにそのシステムに包含されていることは、量子論を持って明らかだ。客観的な観察など、あり得ない。どう認識するかは、転移や、よって立つ臨床理論(フロイト?認知理論?内分泌系?神経発達仮説?はたまた遺伝子?)によっても異なる。医療保険制度、地域の状況によって、アウトカムへの影響は変わってこよう。

重要なのは、係数の大きなプライマリーの変数をきちんととらえておくこと、これは生命保持や身体管理、常識的家族指導、薬物療法の的確な使用、職場への助言、などに例えられる。現段階のエビデンスは、決してこの方程式を解くものではない。
ただし、われわれが事例と共有する対話は、唯一無二の現実であり、そこから事例の過去と現在、そして未来が意味づけられる。これはナラティブに、アプリオリに構成されていくものである。

この言説は、中田力氏(新潟大学統合脳機能センター長)、田坂広志氏(ソフィアバンク代表)、両氏の著作を含めた知的活動に学び、啓発された。心より深く感謝する。

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